明日も精神科医

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Posted by kobayashi_kei on

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情報が抜きとられ、発信される病

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「誰かが自分に命令してくる」「人からずっと見られている気がする」「自分の考えが勝手に人に伝わる」「自分の考えが他人に抜き取られてしまう」といった話を聞いたとき、統合失調症の診断名を即座に思い浮かべます。

これらの訴えは命令性の幻聴、注察妄想、思考伝播、思考奪取など古くから教科書でも名前がつけられ、統合失調症の典型的な症状とされています。感覚を統合する機能の異常、自分と他人を区別する自我境界の崩壊、人間に本来備わっている危険を認識する能力の過剰な反応など様々な要因が言われていますが、いまだに何故このようなことが起きるのか、脳のどこにどのような異常が出ているのかははっきりとせず、仮説の域を出ていません。

統合失調の症状による感覚や思考の異常が生じたとき、その人は「どうしてこのようなことが起きているのか」を必死で突き止めようとし、現実離れした理由付けをすることでなんとか自分を納得させようとします。「神様と交信している」「隣人が悪辣な手段で自分を貶めようとしている」「新聞社の人間が自分のことを調べ上げ、自分以外にしかわからない方法で記事を書いている」「ラジオが自分に名指しで命令してくる」「テレビを通じて自分の考えが伝わり、有名人が自分のことを話してくれている」など、了解しがたい説明を一生懸命するため周囲の人間はいよいよついていけなくなり、理解されないこの状況をなんとかするために本人の行動が暴走してしまうこともままあります。
さらにこうした訴えは日常的にふれるメディアに強く影響されており、メディアが進化していくことにより、幻聴や妄想の訴えも進化(?)していく傾向があります。何もないときには周りの人間や神様が、それから新聞やラジオ、テレビときて、最近ではもっぱらインターネットがその主流となっています。

このテレビからインターネットへの変化は私たちの生活にあれよあれよと一気に浸透し、生活そのものを大きく変化させています。この変化は妄想の世界にも一石を投じ、大きな波紋を作っているのです。
たとえば「隣に住んでいる人が私の脳とインターネットを直接つないで、私の見たもの全てをパソコンで管理している」という話を聞いたとき、「これは妄想っぽいな」と思いました。しかし「自分が大勢の人からストーカー被害にあっていて、その人たちと自分が戦っているところを自分で撮って動画サイトにあげています」という話を聞いたとき「これも妄想っぽいな」と思いましたが、「自分が戦っているところを動画サイトにあげている」の部分は本当でした。

もはや当たり前の認識になっていますが、これまでのメディアとインターネットの大きな違いは、受信と発信の自由度がまったく異なるレベルで高いことにあります。テレビはあくまで情報を受信するためのメディアであり、どれだけチャンネル数が増えても、あくまで特別なプロの製作者が作った情報を自分たちは受け取るだけでした。
しかしインターネットの発達により、受信と発信は個人のレベルで無制限の範囲に可能となり、誰もが自分のことを伝え、他人の伝えた情報を知り、知った他人の情報をさらに伝えることができるようになっています。
これにより妄想的な知覚や思考は限りなく現実的な手段で説明できるようになり、また実際に自ら行動に移してしまうことでさらにその確証が高まってしまいます。インターネット上にはいわゆる”同志”が簡単に見つけられたり、またあたかも自分のことについて書かれているかのような書き込みが本当にあったりするためいよいよ妄想と現実の境は曖昧になり、現実化したことでなぜかいっそう現実的な社会生活に戻れなくなってしまうのです。

これまで自分の情報が不特定多数の人間に漏れることや、自分の生活が常に監視されているといったことは一般人にはまず起こらないことであり、そうした訴えは非現実的な妄想として病気の診断の手がかりとなっていました。しかし今はいかにも統合失調症と見られる患者さんが「SNSに自分の悪口が大量に書かれている」「通販サイトが実は偽サイトで、登録した自分の住所をもとに自分の行動が監視されている」「アダルトサイトからマルウェアを仕込まれて、パスワードからなにから全部知られてしまっている」と訴えられても、それらはもはや現実的に十分起こることになっており、診断の手がかりとして非常に弱いものとなってきています。

むしろ逆に自分は”正常”だと思っている私たちの情報は、本当に抜き取られることも発信もされることもされていないのでしょうか?
広大で真っ暗なインターネットの世界のどこかに自分の悪口が書かれていないか、なんの根拠も無く信用したサイトに登録した自分の住所、電話番号、クレジットカード番号がまったく知らない人間に悪用されていないか、いま使っている携帯電話のパスワードがリアルタイムで誰かに盗み見られていないか、それらを確かめる手段は非常に難しく、常にその危険性に晒されている状態です。
「根も葉もない自分の悪口がどこかに流布していないか」「このサイトに住所や電話番号を書いていいのか」「このリンクを開いていいのか」といった心配は頭の片隅にあるものの、もはや日常的に触れ過ぎている”安全っぽかった”経験に頼り、見えないリスクに対する意識は高まるどころかより一層希薄になってきています。情報の溢れるインターネットにはそうした警告を訴える情報も大量に発信されているにも関わらず、こうしたリスクを懸念して使用を控えたり周囲の人にも管理意識を持つよう促す人は逆に「心配しすぎじゃない?大丈夫?」と言われてしまうような現状です。

今の世の中で進化し続ける便利なもののほとんどは個人の責任で使用するものであり、その便利をより一層享受したいのであれば、見えない相手に対する危険の認識とその防衛策についても使う個人が意識しなければなりません。
しかしその意識が高まれば高まるほど思考や行動は統合失調症の境界に近づいていくのです。

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