明日も精神科医

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モテたい 4

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- 情報としての心

最近Facebookの入力欄に「今どんな気持ち?」と書かれており、何とも言えない気持ちです。

実際自分のタイムラインを見ても「今日は会社で失敗し、明日もあさってもその処理に追われる日々が続きそうです。現在非常にザワついた気持ちであり、このまま眠れない夜を迎えることになりそうでとても不安です」等と自分の気持ちが表現されていることはなく、だいたいが食べたごはんの写真か旅行の写真かイベントの告知かどこかの誰かがうまいこと言っている話のシェアポストです。

ある人の心がいまどういう状態になっているのか、心の底でどんなことを考えているのか、それは誰もが興味のある情報のはずです。ワイドショーや週刊誌の「激白!」とか銘打たれた特集はいまだに人の興味を引き続け、なにか事が起こるとそれについて当事者や関係者がどう思っているのかという情報は分別なく掘り起こされていきます。
しかしそれは覗き見や野次馬根性といった類いの興味であり、誰でもいいから常に誰かの心の状態を知りたいと誰もが思っているわけではありません。心の情報とは本人によって包み隠されていることが常に前提にあり、相手に強く伝えたい、もしくは相手が強く知りたいと思っている時にのみオープンにされうる情報なのです。

そのため「今どんな気持ち?」でそのときのディープな気持ちがズラズラと書き並べられたタイムラインは友人のセルフヌードの写真が延々と続いているようなものであり、それはそれで面白そうですが3日もすればお腹いっぱいになって誰も見なくなるでしょう。

- 心のバリアフリー

しかしこうした「心は隠さないといけない」という感覚は、案外この先古くなり徐々に薄れていく感覚なのかもしれません。
人が基本的に自分の感情を露にせずに過ごしているのは、日本人でいうところの”奥ゆかしさ”という美徳であり、また感情を理性で抑えることで社会生活をより円滑にしていくためという理由があります。
しかし感情は常に抑制しきれるものではなく、抑え込み過ぎることも完全な無感情で過ごすことにも問題があります。部分的であれ自分の心の情報を開放し、自然な形で共有することができればそこから得られるメリットもあるはずです。
「今日はものすごく快調でなんだってできます!空だって飛べますよ」という人には仕事を振りやすくなったり「今日はいろいろあって若干しんどいです」という上司には気を使って接することができます。誰が誰に好意を持っているかという情報ももっとオープンにすれば恋愛の悩みもシンプルで効率的なものになるでしょう。
たとえ踏み込んだ具体的な情報でなくても、某野球ゲームの好調・不調を表す顔マークを共有するだけでもコミュニケーションの中身は大きく変化し、不要な気遣いを減らせる可能性があります。
ただもちろん人の心はそんなに単純なものではなく「あの人ずっと”調子悪い”になってるけどどういうこと?」とか「あの子はアイツのことが好きだと書いてるけど、本当はおれのことが好きなんじゃないか」とかの下層の心理を深読みしていけばキリがないという問題も容易に推測されます。

- 変わる、モテ

産まれた時からソーシャルメディアに触れている次の世代は、こうした個人の情報をやりとりすることへの抵抗感が私たちの世代よりも格段に低いはずです。私たちが感覚的に共有することを避けてきた情報も「避ける意味がないから」という理由で自然に公開・共有するようになり、より柔軟で多様なコミュニケーションを図れるようになるでしょう。
それが世界中にフラットで円満な人間関係をもたらすのか、これまでになかった新たな格差と問題を次々と産み出す混沌とした社会をもたらすのかはわかりませんが(おそらく後者が先にきます)、ソーシャルメディアは現在の作るだけ作って後はどうなるかわかりませんというような社会的実験の時代から、何かしらの方向性を目指して舵をコントロールしていく時代にシフトした方がいいのかもしれません。

感情の情報が公平に共有されコミュニケーションの格差が無くなれば、誰もが平等に満足できるモテを得られる社会も実現可能であり、逆に格差が広がれば圧倒的にモテる人間と圧倒的にモテない人間の差はいっそう広がります。
ただ大昔から私たちは世界中の人たちが平和で平等であることを願うと同時に、自分は誰よりも幸福で優れた人間でありたいという真逆の願望をその矛盾すら感じずに抱えて生きています。
コミュニケーションのレベルが上がり、男女の関係が今よりずっとスムーズなものになったとしても、「よりモテたい」と願う輩は存在し、完璧な満足の得られない不平等な社会を作り上げます。異性と仲良くなりたいという自然な欲望がある限りモテの格差は存在し、私たちはモテたいなと思い続けます。
誰もが「もう十分モテてるからモテなくていいや」と思える理想の社会はまだ遠く、それはきっと面白くもなんともない世界です。

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