明日も精神科医

スポンサーサイト

Posted by kobayashi_kei on

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

孤独のエボリューション 4

Posted by kobayashi_kei on   0 trackback

- 孤独感が産み出すもの

「『おいしいものを食べる』『楽しいことをする』『あったかいベッドで眠る』。そこに『好きな人といっしょに』をつけると、もっとステキになるよ!」

みたいな乙女格言的な何かをネット上で見たことがあり、触れられたくない欲望の核心を無邪気にかつ不用意に撫でられたような、なんともいえない気味の悪さを感じたことがあります。

おそらく食欲、性欲、睡眠欲といった人間の本能的欲求に近いレベルで、孤独感を埋めたいという欲求は常に私たちの中にあり、私たちの日々の行動を大きく規定しています。しかしそれは「おなかがすいた → 美味しいものが食べたい」のように欲望と行動が短絡的に結びついたものではなく、「ヒマだから誰かと遊びたい」「そろそろ身を固める時期だから結婚したい」「一人の時間を有効に使いたい」などの様々な感情の裏にマスクされている欲求であるため、よほど強くならない限りはあまり意識されることはありません。
そしてこうした一見ポジティブな感情の裏に潜んだ孤独の心理はいわば陰の部分であり、公然と口に出すことに誰もが抵抗感を覚えます。「これであなたの不安を解消!」「これさえあれば辛い孤独とオサラバ!」「あなたを生きる苦しみから解放します!」みたいなキャッチフレーズはインパクトこそあれ、あまりにもいかがわしく、直接的に孤独感を満たそうとする行為はどこか不気味で恐ろしいものなのです。

その一方で「便利」「気軽」「いつでもどこでも」というフレーズは万人のニーズとして抵抗感なく浸透し、様々な家電製品や携帯電話、SNSなど多くのものを産み出す原動力となっています。
コミュニティの煩わしさから開放されるために急激にパーソナライズされていった道具は人々を孤立化させ、今度はその孤独感を埋めるための、便利で気軽でいつでもどこでも使えるものが求められてきています。
近年急激に開発・商品化が進められている個人用のおしゃべりロボットなどは多分にそうした流れを反映しており、かつて映画で大金持ちになったロッキーの家で見た時はあれだけ違和感のあったアレを、私たちは抵抗なく受け入れられる未来が来てしまったようです。

しかしこうしたロボットや3Dのホログラムのようなテクノロジーは、これまでの多くの商品と同じジレンマも抱えています。「友達のいないダメで寂しいあなたの孤独を満たしますよ!」的な露骨なアプローチをしすぎることで、"孤独感をモノで埋めようとする自分"と向かい合う形になり、結局はさらなる孤独を浮き彫りにすることが予測されます。
テクノロジーとの孤独なコミュニケーションを求めるにしても、やはり「便利」「気軽」「いつでもどこでも」を掲げた方が耳障りがよく、例えば日々の生活をサポートする人工知能のコンシェルジュのようなものの方が世の中の受け入れはスムーズかもしれません。
人ならざるものとのコミュニケーション、その発展は孤独感のない孤独を完成させるのか、新たな孤独を産み出していくのか、変化の時代がまた来ています。


- 受動的な孤独、能動的な孤独

戦乱の世を倦んだ侍が山奥の庵に籠もり、孤独の裡に死んでいく。
こうした時代劇的なエピソードだけでなく、仏教における禅の修行など、日本では孤独と向き合い、孤独感に耐え、自らの自然の中のあり方を模索していくような行為を尊いと思う価値観が昔からあります。

一方で世捨て人と呼ばれる人たちや現代の引きこもりのように、孤独を求めているわけではないのに孤独な状態に追いつめられ、どうしようもない状況の中で日々強い孤独感に苛まれている人たちもいます。
こうした孤独を望むか望まざるかの姿勢の違いにより周りからの印象は大きく異なり、また内に抱える孤独感も真逆のベクトルを持った、まったく別のものになってきます。

多くの人が潜在的に抱えている孤独感は、どちらかというと望んでいない方の受動的な孤独から生じるものであり、テクノロジーの発達はこうした忌避すべき孤独の境界線を曖昧にすることで、孤独感の解消を目指しています。人々の志向する”なんとなく孤独でない状態”はぬるま湯のような安心感を常に与え続け、同時にこれまで無意識的な孤独感が産み出していたエネルギーを減少させていきます。人の孤独感が満たされれば満たされるほど、生産性は下がり、人は人を求めなくなり、人間の数そのものも減っていくのかもしれません。

またその一方でぬるま湯のように満たされた状態から抜け出そうとする人たち、能動的な孤独を求める人たちも増加し、孤独な状態を積極的に選ぶことの価値もより一層見直されていくでしょう。
孤独の持つネガティブなイメージは変化し、気高く美しい”スタンド・アローン”の状態が人々に癒しを与え、生きにくさを解決するヒントを与えてくれるかもしれません。

解消された孤独の果ては、静かで何の妨げもない最高の孤独が待っています。それは山奥の庵であり、孤独へのフリー・アクセスを一つのたしなみとして迎えられるような進化も、私たちの可能性のひとつです。

スポンサーサイト

Trackback

trackbackURL:http://ashitamoseishinkai.blog.fc2.com/tb.php/91-6a2eed26
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。