明日も精神科医

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Posted by kobayashi_kei on

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やってみなくちゃわからない

Posted by kobayashi_kei on   1 trackback

先日初めて睡眠剤を飲みました。理由は単純に最近寝つきが悪くなっていたこと、そして患者さんが「苦い」と訴える薬の苦さがどの程度のものなのかを身を持って知りたかったからです。

翌朝眠すぎたら困るので、休みの前日に服用しました。ペットボトルの水で飲んだのですが、身構えていたせいかこれといった苦味もなく。「みんな大げさだなぁ」と思いながら就寝しました。薬効はあったのか普段よりも寝つきが良く、朝も軽いけだるさはありましたが、すんなり起きることができました。
ここまでは良かったのですが、朝起きて昨日薬を飲んだペットボトルの水を飲むと、苦い。薬の味が水に移ったのかと思って、その横にあったジュースを飲んでみましたが、やはり苦い。どうも薬の成分が口の中に残るのか、苦味を感じるなにかが変化しているのか、薬を飲んだ後に苦味がはっきりと現れているようです。その日はビール以外何を飲んでも苦く、その苦味は翌日まで続きました。正直この薬はもうあまり飲みたくないと思いました。


苦味だけでもこの調子であれば、他の薬の作用・副作用はどのように実感されるのでしょう。自分が日々知ったような顔で説明している内容に、急に自信が持てなくなってきました。

例えば抗精神病薬(統合失調症の幻覚や妄想をターゲットとした薬)の副作用には、身体のこわばり、手の震え、小刻み歩行といったパーキンソン症状、便秘、ふらつき、排尿困難、口の自動運動、生理不順、性機能障害といった多数の症状があります。どれをとっても辛そうであり、生活に支障をきたすことは容易に想像できますが、あくまで「辛そう」であり、飲んでいない人が実感することはほぼ不可能です。
それなら飲んでみて実感してみればいいのですが、病気でない人が飲むには鎮静が強く、副作用が出るまで飲み続けるには仕事や生活に支障が多すぎるため、あまり現実的とは言えません。本気で試すには種類が多すぎるという問題もあります。


さらに言うと、薬の実感以上に、病気そのものの苦しみを知ることはより困難を極めます。
自分の意思で病気になることはほぼ不可能であり、また病気そのものの重篤さ、性別、年齢、社会的背景、人間関係など個々人でのパラメータが多すぎるため、その苦しみもまさに千差万別です。訴えを聞いて「よくわかります」と言うのは、ある意味で無責任で無神経な発言なのかもしれません。

それでも、経験そのものを否定しているわけではありません。私自身以前身体の病気で入院したことがあり、病気が見つかったときのショック、検査の苦しみ、大部屋のしんどさ、麻酔の感覚、手術の痛み、経済的・時間的損失など様々なことを体験しました。
それらは確実に今の診療に反映されており、あくまで個人的な体験の範囲内ですが、患者さんの苦しみに対して「わかります」と言うことができています。実感を共有することでの信頼関係構築の一助にもなっていると感じています。


人の痛みのわかる人は優しい人です。しかし本当に他人の痛みを理解するためにはそれと同等の体験が必要であり、その感じ方にも個人差があります。やってみなくちゃわからないし、やっても本当にはわからないかもしれない。しかしその痛みに一歩でも近づくことができれば、関係は変わってくると思います。

その一方で、他人の計り知れない苦しみに思いを巡らせ、理解しようとしすぎることも危険です。特に医師は何百人もの患者さんの苦しみと向き合います。その全てを我がことのように理解し、まともに受け入れようとすると確実に押し潰されてしまうでしょう。
少なくとも私の心はそこまで頑丈ではないようです。どうも最近寝つきが悪いので。

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