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孤独のエボリューション 1

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- 孤独

孤独———。なんとも暗い響きですね。「孤独死」なんて組み合わせられた日には、ネガティブ過ぎて目もあてられません。

「人は産まれた瞬間から一人であり、孤独に産まれ、最後は孤独に死んでいく」という人もいれば、「人は誰しも誰かと繋がっている。あなたが孤独を感じている時にもあなたは決して一人ではない」という人もいます。
正反対のことを言ってていますが、どちらもなんとなくわかる話であり、そして孤独を暗くネガティブなものとして取り扱っているという点ではどちらも共通しています。

しかしこの孤独という状態。そこまで頭から否定されるべきものなのでしょうか?

人間は社会的動物であるため、完全に一人で生きていくことは難しく、有性生殖をする以上、たった一人では生命を受け継いでいくことができません。そのため本能的に孤独な状態に不安を覚え、人と関わっていることで安心できるようプログラムされていると考えられます。
しかしその一方で人と関わることにも常にストレスがつきまとい、人に気を配り続けていることで心身ともに疲弊してしまいます。そのため人間はときに一人でいることを望み、つかの間の孤独に安らぎを覚えることもあるのです。

さらに孤独そのものの感じ方も、状況により人により様々です。
お金もなく仕事もなく、暗く冷たい部屋で一人でうずくまっている、もしくは知人が一人もいないパーティ会場で周りが盛り上がっている中、自分一人が呆然と立ち尽くしている、そんなときには誰でも孤独を感じます。
しかし中には愛する家族や多くの友人に囲まれ、仕事もプライベートも充実している人でもその内に強い孤独を抱えていることがあり、逆にまったく言葉の通じない外国のカフェにたった一人でいたとしても、孤独を感じることなく穏やかに過ごしている人もいます。

つまり問題なのは孤独であるという状態そのものではなく、「自分は孤独だ」と感じた時に伴う恐怖や不安なのです。誰もがこの孤独感を回避したいがために人と関わり、社会に参加しようと日々努力し続けています。

逆の言い方をすると、孤独感さえなければ孤独であることそのものは問題ではなく、むしろ孤独感のない孤独は他人と関わることによるストレスを免除された、非常に安心で理想的な状態であるとも考えられます。


- 孤独感のない孤独

「一人が好き、人と関わるのはめんどくさい。でも寂しいのはイヤ」という人は決して珍しくなく、「一人でいると寂しくて死んでしまう。誰でもいいから関わり続けてほしい」という人よりもむしろ多いのではないかと思っています。かくいう私自身、思い切り前者です。

こうした人たちにとって”孤独感のない孤独”は甘美な響きであり、できれば常にそんな状態であり続けたいのですが、ことのほかその実現は難しいのが現状です。油断するとわずかなスキから孤独感が産まれ、再び孤独を打ち消すための社会参加を余儀なくされています。

イメージとして、自分の隣にぽっかりと人間のかたちをした空洞があり、そこから孤独感がにじみ出ていると考えてみます。
例えば自分に恋人ができたとして、恋人によりその空洞がほぼ塞がれたとします。すると孤独感は大きく減り、一時的に満たされた状態となります。しかしその恋人にふられたりしてまた突然その空洞が開いてしまったとしたら、押さえ込んでいた分だけ多量の孤独感が一気に溢れ出し、とんでもなく強い孤独感に襲われてしまいます。恐ろしいですね。
しかも厄介なのは、恋人ができたとしても完全にその空洞が塞がれるわけではなく、また空洞の形そのものも常に変化してしまうということです。どのような方法で塞ごうとしてもわずかな隙間はあり、そこからじわじわと孤独感が漏れ出てきます。その孤独感は空洞をさらに押し広げ、ゆっくりと拡張していくのです。
仮に恋人にふられることなく長く関係を保てたとしても、最初の幸福感や満足感は次第に失われ、孤独感が顔を出してきます。関係はなにも変わっていないはずなのに空虚な感情を満たすために様々なアクションを起こし、ときに他の異性と関係を持ってしまうようなトラブルにも繋がります。「寂しかったから浮気をした」はまったく説明になっていないようで、こうした心理規制から考えるとそれ以上に説明がつかないことなのかもしれません。

人間が社会的動物である以上「孤独であってはならない」という強迫的な心理はデフォルトで備え付けられており、「孤独でいさせてほしい」という希望に対して自動的に孤独感という負のエネルギーを生じさせ、人と関わらせるようにと常に仕向けています。
しかしこの本能に抗う力、孤独感のない孤独を求める人間の欲望も決して負けてはいません。なんとか孤独の空洞を人間以外のツールで埋められないか、多くの人々が貪欲にその方法を模索し続け、社会を変革するような多くの発明がなされ、受け入れられています。

つづく

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