明日も精神科医

スポンサーサイト

Posted by kobayashi_kei on

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

同性愛者の日常

Posted by kobayashi_kei on   1 trackback

「きのう何食べた?」はレシピの漫画です。日常の調理風景を解説のようなモノローグで丁寧に描き、おいしくいただくシーンで心地よく終わります。「これなら自分も作れるかも!」と思わせる料理の選択も絶妙です。

主人公筧史朗は43歳の弁護士で、同性愛者です。美容師の彼氏との二人暮らしを通じて、ドラマは展開していきます。親との関係、仕事での問題、同性愛者としての悩みなど、すぐに重たくなりそうなテーマを取り扱っていますが、不思議なほど読後感はすっきりとしており、妙に安心して読むことができます。それもまたこの作品の魅力です。


漫画でも映画でもなんでもそうですが、同性愛をテーマにすると、たいていの場合その恋愛や性を中心とした話となります。これはごく当り前のことで、バレリーナが主人公の物語ではバレエが舞台となり、兵士が主人公であれば戦争を中心とした話になるように、作り手と観客の期待がそこに集約され、メインテーマを形作っていくからです。

そして作品は観客に一定のイメージを植え付けます。周囲に同性愛者がいない人の場合は、その作品のイメージが世間一般の同性愛者のイメージとなってしまいます。良質で説得力のある作品であるほどそのイメージは強く残り、同性愛者に対して強く"性的な"印象を持つこととなります。
すると同性愛を受け入れることのできないいわゆる異性愛者は、同性愛者そのものを敬遠してしまいます。普段の人間関係でいきなり愛やセックスを意識することなどないにも関わらず、勝手なイメージにより互いの関係を最初から遠ざけてしまうのです。
そして最終的に虐げられるのは、マイノリティの人間です。

同性愛者に限らず、私たちは人間を勝手にカテゴライズし、勝手な決め付けを行っています。特に普段接点のない人たちに対しては、自分たちと同じ日常など存在しないような思い込みすらしてしまいます。そして言うまでもなく、日常は誰にでも存在します。
セレブやスーパースターと呼ばれる人たちが年中パーティに明け暮れ、プレスに笑顔を振りまき、スタバのカップと愛犬のリードを両手に巨大なサングラスを掛けて散歩しているわけではありません。朝起きて歯みがいてトイレに行ってゴロゴロしながら一日中ゲームをしているだけの日もきっとあるはずです。
精神病の人も年がら年中症状に苦しんでいるわけではなく、時には機嫌よく遊びに行ったり、友人や家族と爆笑できたりする普通の日もきっとあります。
しかし私たちはそのことについて考えません。あまり考える必要がないからです。


「きのう何食べた?」は、まさにそうした日常の風景を描いています。作中に恋愛やセックスの話は出てきますが、他の作品ほど強く意識することはありません。同性愛者というマイノリティとしての人生と、料理と食事という万人に共通する生活を大きな二本柱として描くことで、どちらにも深く入り込み過ぎることなく適度な距離感を読み手に与え、この不思議な安心感を産み出しているのだと思います。

私は当事者ではないので、この作品がどこまでゲイカップルのリアルを描いているのかはわかりませんが、少なくとも自分がこれまでに意識していなかった悩みや価値観を知ることができたという点で、非常に優れた作品だと思っています。あと料理のレパートリーを増やしてくれるという点でもとても良いマンガです。


"偏見"とは文字通り偏って見ることです。差別でも嫌悪でも尊敬でも恋愛でも、正負を問わず強い感情にはある対象への偏った思い込みが伴います。そのエネルギーも時には大切ですが、自分が簡単に思い込んでしまうことを意識し、一歩引いた視点で改めて見直すことはもっと大切です。人間は偏見で片付けられるほど単純ではありません。


kinounani2.jpg

スポンサーサイト

Trackback

trackbackURL:http://ashitamoseishinkai.blog.fc2.com/tb.php/8-9e83a36d
まとめtyaiました【同性愛者の日常】
「きのう何食べた?」はレシピの漫画です。日常の調理風景を解説のようなモノローグで丁寧に描き、おいしくいただくシーンで心地よく終わります。「これなら自分も作れるかも!」と...
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。