明日も精神科医

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Posted by kobayashi_kei on

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目と目で通じ合う

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目1

この絵と

目2

この絵。
2つ、4つの丸を描いただけですが、どちらも強烈な印象を与え、特に下の方は見れば見るほどなぜか不安になってきます。


私たちは普段から、相手の目から得られる心理的な情報に対してとても敏感です。それは脳科学の分野でもおおむね実証されており、生物レベルで相手の目を意識するようにできています。
精神科臨床の現場でも、会う人によって目の印象はまるで違い、同じ人でもその日の体調や気分によって目の印象は変わってきます。一方で統合失調症、うつ病、躁うつ病、アルコール依存症、覚醒剤依存症など、抱えている疾患になんとなく共通する目の印象もあり、言葉以上の情報を与えてくれることは非常に興味深いところです。

よく「人の目を見て話せ」と言われますが、目を見るということは相手も自分の目を見ているということです。目を見ることでその人の心理状態を計り知ると同時に、自分の状態も相手にさらけ出す行為になります。
自分のことを相手に知ってもらいたい、理解してもらいたいということは多くの人が考えていますが、正確には「自分が知ってもらいたいと思っている自分の部分を相手に知ってもらいたい」であり、その部分の程度は人それぞれです。
単純な例を挙げると、自分の表面と内面がほぼ一致している、いわゆる自信たっぷりの人であれば、目を見て話すことは全く平気ですが、弱さや後ろめたさなど隠したい部分を多く持っている人は、目を見て話すことに恐怖感を抱きます。

また、相手の目から得られる情報と、自分の目から相手に得られる情報は、できれば等価交換でありたいという欲求もあります。サングラスをかけている人を怖く感じたり、上の絵のように感情の全く入っていない目を見続けることに不安を感じるのもそのためです。相手の考えがいっさいわからず、自分の情報のみが抜き取られようとする時、自然と防衛反応が働くのです。

このように目を見ることは心理的な部分について言語以上に不用意に知ることができるため、様々な不安やリスクを伴います。しかし使い方によっては、相手に強い安心感を与えることができるツールにもなります。直接的なコミュニケーションが上手な人は、視線の使い方も非常に上手です。

目を見ることで相手のことを知りたい、目を見せることで相手に自分のことを伝えたい、そしてできればその情報量は同じくらいでありたいという欲求がお互いにあるとすれば、その欲求が互いにピークに達した時に目を合わせることができれば、一気に通じ合うことができます。それは仕事でも恋愛でも学校でも宴会の場でも、人と人が接するあらゆる状況で言えることであり、親密なコミュニケーションを取るために誰もができる工夫です。
目と目のやり取りは大抵自然に行われ、よほど露骨にやらない限りほとんど意識されないことですが、コミュニケーションの満足度を大きく左右します。それは「あの人の話はすごく面白かったけど、一回も目を合わせてくれなかった」と思われた時の残念さを考えると、実感してもらえるところかと思います。


人の目を見て話すことは大事です。しかし「相手の目を見て話せ」というアドバイスは「ずっと相手の目を見続けて話せ」というわけではありません。それはそれで自分もしんどいし、上の絵を見てもわかるように相手も不安になります。かといって「ベストなタイミングで相手と目を合わせて話せ」と言われても、こっちの方がよほど難しいです。唯一言えることは「一回も相手の目を見ずに話すことはよくない」ということくらいです。

かくいう私も目を見て話すのは苦手です。なのでこんな理屈を考えながら、日々精進しています。
天才ではなく、それでも上手くなりたいのであれば、練習し、実践し、失敗するしかありません。

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