明日も精神科医

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イライラする

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生きているとイライラします。そして、できるだけイライラしたくないものです。

このイライラというのは厄介なもので、精神科を訪れる人の訴えでもたびたび聞かれます。統合失調症や躁うつ病、種々の神経症やいわゆる人格障害、発達障害圏の人たちまで、あらゆる精神疾患においてイライラしやすくなってしまう傾向があるようです。このイライラさえなければまったく問題なく社会生活が送れるのにという人も多く、いかに一般的で、いかに治療が難しい症状であるかを物語っています。

もちろんイライラするのは精神疾患を持つ人だけではありません。赤ちゃんからお年寄りまで、産まれてから死ぬまで人はずっとイライラし続けます。
このイライラという感情、勝手にわき上がってきては人を不快にさせ、ポイント制のように蓄積し、ある程度溜まると怒りや攻撃といった感情にレベルアップします。まさに百害あって一利なしの感情であり、誰もができるだけイライラしないようにと努力し、イライラをできるだけ表に出さないようにと努力することで、余計にイライラしてしまいます。


ではこのイライラを無くすためにはいったいどうすればいいのか?ビジネス本とか自己啓発本とかにもよく書いてそうなテーマですね。
簡単にわけると、イライラの原因をなくす、自分をイライラさせにくくする、そしてイライラを溜めないよう自分の外に上手に出すという方法が挙げられます。

まずイライラの原因をなくすにはどうすればいいのか。そのためにはイライラの原因が何かということを知る必要があります。
「何の理由も無くイライラする」という人もときどきいますが、大抵の場合、ものごとが思うようにうまく行かないと人はイライラします。待ち合わせの時間に人が来ない、やることは多いのに仕事が全然はかどらない、夫がゴロゴロしてばかりで何一つ手伝ってくれない、自動販売機の千円札が入れても入れても戻ってくる、YouTubeの動画が10秒おきに止まるなど、人をイライラさせる生活上のトラップは無限にあり、その一つ一つに対してイライラを避けていくことは不可能な気がしてきます。
ただし、イライラを引き起こす前提として、将来に対するなんらかの”期待感”というものがあります。「自動販売機に千円札は一発で入って、一回ボタンを押せばジュースが飲めるはずだ」という期待があるからこそ、それが思うように行かないときに人はイライラするというわけです。

そうなると2番目の自分をイライラさせにくくする方法の一つとして、「最初からそんな期待しない」は有効な気がしてきます。「自動販売機の千円札が機械の中に入る確率は、およそ10パーセントである」と考えれば、5回目に入ったとしてもラッキーだと思うことができ、イライラは回避されます。対象に対する期待が高ければ高いほど、うまくいかなかったときのイライラが大きくなるのであれば、その期待を下げることができれば、それに続くイライラも避けることができるはずです。

しかし、それでも溜まってしまったイライラはどうすればいいのか。昔から”ストレス解消”や”癒し”といった言葉はもてはやされ、世の中には実に様々なグッズやサービスが販売されています。そういったものにお世話になるのもいいのですが、先ほどからの続きで言えば、自分の抱えている”期待”を見直すことで、多少の排出効果は得ることができそうです。

例えば家でゴロゴロしてる夫にイライラするのであれば、自分は夫に何を期待しているのかを見直してみます。なんでもいいから手伝ってほしいのか、それとも家事を頑張っている自分をねぎらってほしいのか、とりあえずどこでもいいから目の届かない場所にいってほしいのか、潜在にしろ顕在にしろ何かしらの期待は持っているはずです。
次にその期待に対してどう解決していけば良いかを考えます。相手にその期待を直接ぶつけてさらなる改善を期待するのも有効ですが、それは結局さらにイライラの原因を増やす可能性が高いため、期待そのものを諦めてしまうことが最も手っ取り早いです。
もちろんそのプロセスにも多くの葛藤が生じることが予測されますが、完全に割り切れたらイライラは大幅に軽減し、これまで蓄積していた分も詰まりが解消されたように外に出すことができるはずです。


イライラをなくすためには、その前提にある期待をなくすことが大切です。
しかし期待しているということは、自分の生活をより良いものにしたいと望んでいるということです。現状をあるがままに受け入れ、誰にも何にも期待せず、平静な気持ちでい続けるということは、あらゆる成長や発展を否定することにも繋がっていきます。人の欲望はまだまだ果てしなく、より良い生活が得られれば、さらにより良い生活を求め続けます。こうした前進の過程には必ず衝突や葛藤が生じ、イライラすることも避けられません。イライラするということは自分の期待と現状に何らかの食い違いが生じていることを知らせる信号であり、その信号を察知することで現状のどこにエラーが生じているのかを見直すことが可能になります。そう考えると人間に備わっているイライラ機能もまた、生きていく上で必要なものにも思えてきます。

多少はイライラした方がいいのかもしれません。

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