明日も精神科医

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Posted by kobayashi_kei on

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思うように忘れたい

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毎日の診療の中で、多くの患者さんと出会います。重症の人、軽症の人、よく話す人、無口な人、すごく印象に残る人、全くなんの印象も与えない人と実に様々で、それぞれの人に対して日々頭を悩ませながら治療を行っています。

当然、取り扱わなければならない情報は膨大であり、状況も刻一刻と変化するため、常に臨機応変に対応していかなければいけません。そうなるとやはり、忘れます。
人生を預かっている仕事である以上ミスをすることは許されず、こちらにとっては多くの患者さんでも患者さんから見れば頼りにしている一人の医師であることからも、常に緊張感は持っているつもりです。それでもやはり、忘れます。

例えば以前に会ったことのある患者さんを完全に忘れていて、外来で「はじめまして、どうぞよろしくお願いします」と言ってしまった後のバツの悪さと言ったらありません。しかもだいたい患者さんは気を使ってくれるのか言い出しにくいのか、話が中盤あたりまで来たころに「あの…、以前にも、診察してくださいましたよね?」と仰ってくれるので、さらに状況は悪化。事態はドロ沼と化します。
お願いですから気づいたときに教えてください。


"記憶"は人間にとって非常に重要な要素です。何かを記憶し、誰かに記憶されることで存在に価値が与えられ、社会の中で生きていくことができます。
「人はいつ死ぬと思う? …人に 忘れられたときさ…!!!」はマンガ史に残る名言ですが、例え故人であっても人々の記憶に残り続けることで、存在の価値は継続していきます。

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しかしその一方で、人間は忘れます。エビングハウスの忘却曲線(図)を見てもわかるように、覚えた端から悲しいほどの勢いで忘れていきます。忘れることでテストで失敗し、仕事で失敗し、人間関係で失敗した経験は誰にでもあると思います。忘れないことは失敗しないことに繋がり、"憶える力"と同じくらい"忘れない力"は重要であり、社会的な優劣を人間に与え続けます。




それならば忘れなければいいのか?というわけでもないこともまた問題です。
誰しも仕事で失敗したり、好きな人の前で変なことを言ってしまった経験はあり、もしその記憶がいつまでも鮮明に残り続けたら、きっと立ち直ることはできません。
ズルズルと引きずる人は立ち直るのが遅く、スパッと忘れられる人ほど生活への支障が少なくて済みます。"忘れない力"は重要ですが、さらに"忘れられる力"もまた必要とされるのが厄介な現状です。


極端な例を挙げると、精神医学で「解離」という現象があります。これは悲劇的な喪失体験や暴力といった極度のストレス下において、自身を防衛するために自らを切り離し、心を守ろうという反応です。
切り離されたのが記憶であれば解離性健忘(ドラマなどで見られる、いわゆる記憶喪失)と呼ばれ、切り離されたのが人格であれば解離性同一性障害(いわゆる多重人格)と呼ばれます。

程度の差こそありますが、解離性健忘の場合はかなり広範囲の記憶が忘れ去られ、戻ってくるときはたいてい苦痛な記憶も一緒に戻ってきます。メカニズムははっきりしておらず、そのため有効な治療法も確立されていません。


憶えておきたいことはすぐに忘れるのに、忘れたいことはいつまでも残っている。一気に忘れる手段もあるようだが、それは自分の意志では行えず、しかもピンポイントではなく生活に必要なレベルの記憶まで一気に持ち去ってしまう。
記憶のシステムが素晴らしい進化を遂げたのに対して、どうも忘却の方は能率が悪く、システムとしてまだまだ不十分な印象が否めません。


おそらく今後社会の情報化が進み、人間自身の情報処理能力がさらに目覚ましい進化を遂げるかもしれません。もしくは科学技術の発達により、パソコンのハードディスクのように外部媒体への記憶の保存、消去が容易に行えるようになるかもしれません。そうなるとまさにSFの世界です。

記憶の違いによるエラーは減り、教育格差はなくなり、苦しい記憶はすぐに消去され、楽しい記憶にいつまでも浸って生き続けることができる。天国のような未来です。
実につまらなさそうな天国ですね。

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