明日も精神科医

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Posted by kobayashi_kei on

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死んでも持っておきたいもの

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ある精神障害のために自宅での生活が難しくなり、話し合った末に施設で暮らすこととなった患者さんがいました。
その方は比較的高齢で頼れる家族もなくずっと一人で生活をしており、自宅には家具や家電の他にこまごまとした調度品や古いピアノまでありました。
施設では6畳ほどのワンルームになり、自宅も引き払うこととなったため、家の中のものを大量に処分しなければなりませんでした。
「どうしたいですか?」と尋ねたところ、その方は抑揚なく少し寂しげに「捨てるしかないね、もらってくれる人もいないし」と答えました。


仮に自分が今持っているものを大量に処分しなければいけなくなったとき、例えば海外への引っ越しや、極端な話自分が死んでしまったとき、どれだけのものを人にあげられるか?と考えることがあります。
家具、家電、調理器具、服、CD、本、楽器、パソコン、歯ブラシ、タオル、シャンプー、写真、ノート、お土産、手紙などなど、常日頃から実に多くのものに囲まれて暮らしており、その大半が他の人もすでに持っているものです。
最新のもの、未使用のものであれば多少の価値はあるでしょうが、古いもの、役に立たないものに関してはあげると言われてもいらない人がほとんどでしょう。またその人個人の思い出が深く刻まれすぎているものほど、もらう側もハードルが高く、気軽に引き取ってはもらえません。

そうなると必然的に、大半は処分の対象、ゴミになります。仮に私のことを心から大切に思ってくれる人がいて、そのすべてを引き取ってくれる人がいたとしても、その人がいなくなったときにはやはりその人の所有物の大半はゴミとなり、私の分も含めてゴミは2倍になります。
私たちは全員、いずれゴミになるものに囲まれて生きているのです。

昨今ゴミに対する規制はどんどん厳しくなっており、処分するための労力とコストは日増しに上がっております。
せめて自分自身で整理できたらいいのですが、死んでしまった場合などはそうもいかず、結局誰かの力を借りなければいけません。「死ぬときは誰にも迷惑をかけずに死にたい」というのはどだい無理な願望であり、その迷惑こそが案外その人の生きた証なのかもしれません。
それでもできればその迷惑は最小限に押さえたいので、私は何年か前から可能な限りものの少ない生活を目指しています。

ものの少ない生活を送る上で大切なのは、当然ものを減らすこと、そして増やさないことです。
読まなくなった本、しないゲーム、聞かないCD、着ない服、使っていない調理器具、よくわからない布、なにかのネジ、引き出しの中で眠っている得体の知れないガチャガチャの人形など、処分しても困らないものはいくらでもあります。
減らすことで困るどころかむしろ気分が楽になることの方が多く、部屋も心もすっきりとできます。必要なものを探すときに探しやすくなるのもメリットです。いらないものを減らすことに価値を覚えると、いらないものを買う頻度も減り、本当に欲しいものだけを吟味して買うこともできるようにもなりました。最近の"断捨離"ブームが提唱されているように、私自身もものや情報にあふれる時代に疲弊した現代人の一人だったようです。

しかしものを減らす上で最も障壁となるもの、それが"思い出"というファクターです。
明らかになんの使用用途もないけれど個人的な思い入れだけ強く、しかもそんなに大きくもないからまあ持ってても大丈夫かなと思ってなんとなく持っていたもの、最初は少しだけでも、何十年も生きていればけっこうな量になるのは誰しも経験していることと思います。
部屋を片付けているとそうしたものがふと目に入り、昔の思い出に浸ってほっこりできることを思うと、実用性だけがすべての価値とは思いませんが、「それってそんなにたくさんいるの?」というのが最近の私の意見です。
思い出想起効果だけを期待しているのであれば、似たようなものの90%は不要であり、処分しても何一つ困りません。
「いや、コレクションすることでいつか何かの価値が出るかもしれないだろう」という意見もあると思いますが、今の時代コレクターとして名を馳せようと思ったら他の人の100倍の量と100倍のセンスと保存状態の良さが求められるため、本気でそのものに愛を感じられる人以外はいばらの道なのでやめた方がいいと思います。


今の日本はそこら中にありとあらゆるものが溢れています。生きていくだけのものを集めようと思ったら、燃えないゴミの日の朝に街中を回ればけっこう集めることも可能な時代です(そうやってできたゴミ屋敷も見たことがあります)。
そんな中で"持たないこと"への価値が高まっているのは興味深い現象です。死んでも持っておきたいと思うほど思い入れの強いものはあるかもしれませんが、結局は死んでしまえばその思い入れごと消えてなくなってしまうのであまり意味はありません。生きるために必要なもののみを所有し、それ以外はすべて不要と割り切ることができれば、さぞかし美しく静かな人生が送れることでしょう。
それでもきっと私は今日も不必要なものを手に入れ、そして処分します。生きていますので。

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