明日も精神科医

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Posted by kobayashi_kei on

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精神科って怖くないですか?

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医療関係以外の友人と話していると、ときどきこのような質問をされることがあります。最初は多少不安だったけど、今は特に怖いと思うことはほとんどないですよと答えると、「でも危ない目にあったりしないの?」と訊かれます。たしかに状況によっては全くないというわけではありませんが、おそらく居酒屋や駅、警察で酔っぱらいを相手にする人たちよりはずっと少ないのではないのかと思っています。

精神疾患と言っても本当に様々なので一概に語ることはできないのですが、「怖い」とか「危なそう」とかのイメージを最も与えやすい疾患は統合失調症ではないかと思います。幻聴や妄想に感情や行動が左右され、緊張と不安を露わにした表情で独り言や空笑をする様子は傍から見ても決して穏やかではありません。実際に大声をあげたり物や人、自分自身に危害を加えてしまうことで強制入院になる人もいます。そうした人たちには隔離や拘束、注射による抗精神病薬の投与が必要となり、医療スタッフに危険が伴うこともしばしばあるのは確かです。
しかし統合失調症の患者さんが全員そのような状態になるわけでは決してなく、多くの人が多少のストレスは感じながらも平静な気分で過ごしており、自分の感情を自制して過ごしている点では健常者となんら変わりはありません。長期の経過の方の中にはどうしても内的・外的なストレスへの耐性が弱くなり、些細なことで怒ったり強い不安を感じる方もいますが、同じ病気で幻聴や多少の妄想はあってもまったく日常生活に支障をきたさずに、普通に仕事をしている方も多くいます。
ときに予測不可能な言動や行動があって驚くこともありますが、医師として接する経験を重ねるたびに、統合失調症の方に対するこちらの恐怖感や不安感がほぼ消失してきていることは事実です。


一方、こうした偏見を受けてか「統合失調症の人は怖くありません。みんな素朴でいい人たちばかりです」という主張も聞いたことがあるのですが、これはこれでひどい偏見だと思います。
例えば「あなたって素朴でとてもいい人ですね」と面と向かって言われたら、褒められているというよりバカにされていると感じるでしょう。
確かに統合失調症は長期の経過をたどることにより人格水準が低下することがあり、思考の浅さや幼稚さ、朴訥さが認められることもままあります。しかしこうした人たちが常に無害で平和的な考えしか持っていないというわけではなく、周囲に対する気遣いや思いやりもあれば、思い通りにならない現状に対する不満や他人に対する邪な考えを持つこともあります。たいてい穏やかで優しい印象の人がほとんどですが、長く接しているうちにイヤな部分や計算高い部分も見え隠れしてきます。
みんながみんな"いい人"でもなければ"わるい人"でもなく、誰もが内側に良い部分と悪い部分とどちらにも当てはまらない部分を持ち合わせています。それは健常者であれ精神疾患を持つ人であれ、なにも変わりはありません。

そもそも"いい人"等という表現はその人の"いい人"の部分にしか着目しておらず、"自分の言うことに逆らわないいい人"という主体的な人格そのものを否定するようなそら恐ろしさすら感じられます。医療従事者として長く接しているとその人の病人としての部分のみに視点が偏ってしまい、トータルな一個人として関わることがおろそかになりがちです。本来あってはならないことですが、非常に容易に陥ってしまう偏見であり、常に意識し続ける必要があります。


人と人とが関わり続ける限り偏見はあり続け、偏見を捨て去ることは簡単ではありません。私たちは小さい頃から「知らない人についていってはダメ」と教えられ、他人に対して不信感と警戒心を持つようにインプットされています。凶悪犯罪が起きると、テレビでは決まって精神疾患の既往歴や職歴、性格傾向、家庭内の状況が暴露され「いかにこの犯人が私たち普通の人たちと違うか」が強調されます。自分と同じカテゴリの人であれば安全であり、この人が危険であるのは自分と異なるカテゴリに属していたからだと信じることで安心を得ようとするため、遠いカテゴリに属することであるほど警戒心は高まり、偏見はさらに助長されます。
一方で自分自身に対しては偏見を持たれたくないと誰もが考えており、自分が差別されることについては非常に神経質であったりするから実に勝手なものです。かくいう私も差別的な扱いを受けるととても辛いです。

誰もが他人にとって見れば他人であり、偏見の対象です。100%理解し合うことは無理だとしても、「この人はこうだからこうに違いない」とカテゴリで決めつけるのではなく、一人の個人としてその人を見ることが大切だと思います。それは精神疾患でも人種でも民族でも、何も違いはありません。

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