明日も精神科医

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Posted by kobayashi_kei on

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自分を映す鏡

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日々いろいろな人と話しています。

明るく礼儀正しく丁寧で胸のすくような人もいれば、不作法でなれなれしい人もいるし、些細なことで泣き出したり怒りだす人もいます。本当に様々です。

そしてイヤな人もたくさんいます。周囲の気遣いに全く思いが至らず、人の迷惑を顧みず、他人の批判と自己の正当性のみを主張し、思い通りにならないとところかまわず当たり散らすような人たちです。
病気のせいであったり人格のせいであったり過去のドギツい体験を経た上での処世術であったりと、そこにたどり着いた理由は様々なのですが、やはり度が過ぎると社会生活は難しく、そして自分の何が悪いのかもわかっていないことが多いため、治療に乗せることも非常に困難を極めます。

こうした人たちとの診察はこちらもかなりのエネルギーを要するのですが、話しているといつの間にか自分もすごくイヤな人間になっていることに気付かされます。「イヤな人間になっている」というよりは「自分のイヤな部分が引き出されている」と言ったほうが正しいでしょう。表情や口調はきつくなり、話す内容も断定的で批判的になり、相手の怒りにこちらも怒りをぶつけてしまうような感じです。これでは治るものも治りませんね。


いつも自分は一律な自分のままであり、人によって接し方が変わるのは他人にバリエーションがあるからそれに合せているだけだと思っていましたが、どうもそれは違うようです。
自分の中にも様々なバリエーションがあり、接する相手によって異なる自分が引き出され、さらに相手の反応と自分の反応が相互作用することにより「その人と話しているときの自分」が形成されていくと考えられます。
自分であることに変わりはないのですが、その要素はまったく一様ではなく、いわゆる「ふだんの自分」と違う自分を見せつけられることも珍しくありません。

例えば他の人からは評判がいいのに自分の目からはどうにもいけ好かない人間がいたとき、「あいつは本当はイヤなやつなのに、誰もそれをわかっていない」と思うかもしれません。しかし実際には自分のイヤな部分が相手のイヤな部分を引き出しているかもしれないし、相手の何かに反応して自分のイヤな部分を見せつけられているとも考えられます。
その人が良い人なのかイヤな人なのかはその人自身の問題だけでなく、その人を見る自分の問題でもあります。そして最終的にその人が良い人かイヤな人なのかを決めるのも、自分自身の問題です。世の中には相手がダメであればあるほど愛してしまうような人も大勢いるのですから。


気分の良い人と一緒にいれば自分の気分も良くなるし、気分の悪い人と一緒にいれば自分の気分も悪くなります。逆に自分が気分の良い人であれば相手の気分も良くなるし、自分の気分が悪ければ相手も気分の悪い人になります。

人と話すことで自分を知ることができ、自分を知ることができればよりいっそう人を知ることができます。日々いろいろな人と話しています。おもしろい仕事です。

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