明日も精神科医

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説明上手になるためには

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驚くほど頭のいい人というのがいます。

難解な文章を一読しただけで理解し、記憶し、アウトプットとして還元することができる。搭載しているハードディスク、CPU、メモリが常人とは桁違いにハイスペックな人たちです。
医学部に入ってからそうした人間が実在することを目の当たりにし、感動すると同時に自分の脳みそがいかにポンコツでお粗末であるかを実感しました。

しかしそうした人たちに教えを請うと、ときとしてさっぱりわからないことがあります。
丁寧に理路整然と説明してくれているのに全然わからない。レベルが違い過ぎて"わからない"の基準がずれてしまっているのです。相手にしてみれば「まさかこんなところでわからないなんてことはないだろう」というところでわかっていないので、どうにも教えようがない。こちらも「実はそのだいぶ手前の段階で全然わかってないんですよ」とも言いづらく、結局お互いに理解の接点が得られないまま説明は進み、空虚で無駄なエネルギーを費やす時間だけが流れます。悲劇です。


相手の"わからない"を理解することは案外と難しいことです。
医者は患者さんに病状や今後の方針について説明をします。いわゆるインフォームドコンセントと呼ばれるもので、お互いの信頼関係を構築し、治療を円滑に進めていくための重要な過程です。ここがうまくいかなければ、不測の事態が起きた際に大きなわだかまりが生じ、ときには訴訟に発展することすらあります。
医者はできるだけ丁寧にわかりやすく、患者さんの理解が得られるまでくりかえし説明を続けなければなりません。

しかし患者さんが何をどこまでわかってくれるかについては、本当に人それぞれです。
記憶力や理解力に長け、自ら医学的知識を身に付けているような人もいれば、なにを話しても一切伝わっている実感がない人もいます。「私にはわからないので、もう先生にお任せします」と全然聞こうともしてくれない人もいて、本当に表面的な説明だけになることもあります。最も難しいのは、多くの人が十分に理解できていないにもかかわらず、こちらに気を遣って「わかりました」と言ってくれることです。これは自分でもよくやるので気持は非常によくわかるのですが、いざ大事なことを説明する立場に立つといろいろ不安です。かといって延々と「わかりません」を繰り返されても辛いので、難しいところです。

こちらがなにをどこまで説明するか、その内容も重要です。そもそもが専門的な知識を専門でない人に伝えなければならないので、理解が難しいのは当然です。
詳しく話せば話すほど情報量は増えますが、当然それに伴いわかりにくくなってきます。どんなに簡単な話でも長々と話されれば聞く方はうんざりします。
またリスクを恐れて起きる可能性のある怖い話ばかりをしてしまうと「そんなに怖いならやめます」となってしまいますし、わかりやすさばかりを優先して話をシンプルにし過ぎると「そんなことが起きるなんて聞いていなかった」と後で責められることになります。
相手のニーズや状況に合わせて、説明する内容だけでなく説明の仕方そのものも変えていかないといけません。そう考えてしまうと本当に悩ましい仕事です。

「自分はきちんと説明したから、きっと相手に伝わっているはず」と思い込むのは危険です。それは説明者の慢心であり、聞き手への責任の丸投げとなり、「聞いてない」「言った」「聞いてない」「言った」の押し問答を引き起こしてしまいます。
「自分の説明ではほとんど相手に伝えられてないだろう」くらいからスタートして、どのように伝わっていないかを確認しながら自分の説明の仕方を見直し、その都度丁寧に説明を繰り返すことが、説明上手の第一歩かと思います。


世の中にはどんな説明でも一発で理解し、実践できる人がいます。しかし大多数の人たちは何回聞いてもなかなか理解しきれないのが実情であり、自分もその中の一人です。
自分がわからない人間であるからこそわからない人の気持ちがわかることをありがたく思い、それでもやはり頭のいい人はいいなと、いつまでも羨み続けます。

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