明日も精神科医

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友人を診る

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「自分の大切な人を守ることのできる人間になりたい」

医療人を志すにあたって、最も健全な動機の一つです。素晴らしいことだと思います。
かくいう私も、昔から周囲にメンタル的に疲れていたり、なにかしら問題を抱えている人が多く(自分も含め)、「なにかこの人たちの力になることができれば」と思い、精神科医を目指した感があります。

そしてめでたく精神科医になった現在、日々の診療の中で思うのは「もし今日の外来で自分の友人にばったり会ったらどうしよう。それは本当に困る。頼むから患者さんとして私の目の前に現れませんように。」ということです。

決して精神科医になったことで堕落したわけではなく、友人への評価が変わったわけでもなく、また友人からのメンタルに関する悩みを聞きたくなくなったわけでもありません。友人としてのプライベートな相談ならばいつでもしてほしいと思っています。

ただ、身内や友人を本格的な医師‐患者関係で治療するのは非常に難しい。ことによっては悲惨な末路をたどる可能性すらあるため、できることなら避けたいというのが私の正直な意見です。


人と人とがなんらかの関係を持つとき、そこには"距離"が生じます。初対面の距離、職場の同僚としての距離、友人としての距離、恋人としての距離、夫婦としての距離、親子としての距離など、それらは関係によって様々です。
そしてそれぞれの人間関係において、お互いが適切な"距離感"を持つことで、コミュニティでの人間関係を円滑にしています。
恋愛を例に挙げると、好きな相手がどんなに近くにいても、お互いの距離感が異なっていればだんだんとズレが生じてきますし、逆に物理的な距離が離れていても、心理的な距離感が良好に保てていればなんとなくうまくいくことが多いというのは、共感していただけるところかと思います。


そして今回重要なのは、医師-患者間の距離です。これは非常に特殊であり、他の人間関係と比べても異質な関係といえます。
まずは金銭を媒介とした契約関係であること。患者さんは料金を支払い、医師はサービスを提供します。これはいたってドライな関係です。
その一方で患者さんは自分の病気について告白し、身体に触れられたり、血液を提供したり、時には自分の見たことのない内臓にまでメスを入れられたりします。こちらはかなり非日常的であり、特殊な関係であるといえます。
精神科の場合、その病巣は患者さんの心にあります。そのため生活のバックグラウンドから、さらにはその奥にある本人も知らないような暗く深い部分まで探っていかなくてはなりません。

二つの関係性、二つの距離感が同時に存在してしまうと、そこにはねじれが生じます。片方が近く、片方が遠い距離を必要とする場合、ねじれの程度はさらに強くなり、絡まり、破綻してしまう恐れが大いにあります。

かつて私は"実の妹と合コン"というシチュエーションを経験したことがあります。そのときの"兄としての私"と"合コンをがんばる私"との内的距離感の解離は凄まじく、ねじれにねじれて引きちぎれんばかりでした。合コンはもちろんグダグダ、後日妹に軽く説教されたことは、今となっては貴重な思い出です。

話が大きくそれましたが、友人や身内を診る場合も、往々にしてこうした状況に陥ります。もともとの親密度が高い関係ほど、当然ねじれが大きく、治療は困難となっていきます。その人に対してもともと持っていた感情が作用してしまうことで、医師としてもドライになりきれず、治療に悪影響を及ぼすこともあります。そして治療が滞ることにより、本来の関係すら悪化してしまうことも、容易に予想されます。

友人や身内に精神科医がいることは安心かもしれませんが、いざ治療が必要なほどの状況になったとしたら、その医師が腕前を信頼している医師(できたらその医師と普段の関わりが少ない医師)を紹介してもらうことをお勧めします。そうすることで適切な距離感を保つことができ、万が一治療がうまくいかなかった場合も、元の人間関係に対する影響は少なくすむと思います。


それでもやむにやまれず自分の友人や身内を治療しなければならない状況になったとしたら、私はこれまでの関係が大きく変化してしまうことを覚悟し、治療に挑むことになると思います。
仕事ですので。

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まとめtyaiました【友人を診る】
「自分の大切な人を守ることのできる人間になりたい」医療人を志すにあたって、最も健全な動機の一つです。素晴らしいことだと思います。かくいう私も、昔から周囲にメンタル的に疲...
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