明日も精神科医

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Posted by kobayashi_kei on

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私はこんなにがんばってるのに。

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日々いろいろな人の治療にあたっています。
気分が落ち込んでいる人、よくわからない話ばかりする人、ずっと怒っている人、ずっと不安がっている人、食事を食べない人、薬を飲まない人、「ヤブ医者!」と罵倒し続ける人、「退院させて」と一日中言っている人、人に頼ってばかりの人、ルールを全然守ってくれない人、何の悪気もなく嘘をつく人。それぞれに問題を抱えており、その解決策を常に模索し続けています。

治療の経過は様々です。こちらががんばって良くなることもあれば、いくらがんばっても全然良くならないこともあります。がんばればがんばるほど良くなっていくものではなく、逆にこちらのがんばりを押しつけすぎることで相手の感情がどんどん疲弊していったり、焦って増やされた薬のせいで副作用ばかりが前面に出てしまうこともあります。改善のための努力が裏目に出ることは焦りを招き、焦りはさらに間違った方向の努力を助長します。どんどん悪くなる状況に治療者は追い詰められ、ついには「私はこんなにがんばっているのに、この人はどうして良くなってくれないんだ!?」と患者さんに対する憤りすらおぼえてしまいます。
ここまでいってしまうと非常に危険です。根本的にだいぶ間違っています。とりあえず休んで早めに家に帰っておいしいもの食べてお風呂入って録りためたアニメを見て寝なければなりません。
相手のために必死でがんばることは悪いことではないのですが、その必死さが患者さんを蝕んでしまうリスクは常に意識しなければいけません。なるべく心に余裕を保ち、危うくなっている自分を冷静に見つめ、上手に対処していく技術は、この仕事を続けていく上でとても大切です。


医療に限らず、人はいつでも誰かのためにがんばっています。仕事でも恋愛でも家族関係でも、多くの人が良好な人間関係を築くためになにかしらの努力をし、バランスのとれた社会を作り上げています。
しかしその努力は常に報われるわけではありません。後輩のために仕事のサポートをしてもお礼の一つも言われない、彼氏のために手の込んだ料理を作っても気づいてもくれない、家族を養うためにがんばって遅くまで残業をしても家に帰ったらみんな寝ているなど、自分の必死の努力が見事にスルーされてしまうことは往々にしてあります。そしてこのような状況が続くと、誰でもフラストレーションが溜まります。本人ががんばっていればいるほど相手に対する不満も強くなり、最終的には「私はこんなにがんばっているのに、あなたは何もしてくれない!」となってしまいます。やっぱりこれは良くありません。人間関係における危機的状況です。

しかしこの「あなたはなにもしてくれない」の部分、本当に「なにもしてくれていない」のでしょうか?

どうも心理学的に人間は「してもらった」体験よりも「してあげた」体験の方が強く印象に残る傾向があるそうです。相手のためを思って同じだけの行為をお互いにしたとしても、自分がしたことの方を相手にしてもらったことより高く見積もってしまうということです。バレンタインにあげたチョコレートの何倍ものお返しを一ヶ月後に期待する。なんと恩着せがましい生き物でしょう!
そう考えると自分ががんばっていると思い込めば思い込むほど、相手のがんばりが見えなくなってきます。本当は自分は大してがんばっていない、もしくは相手も十分にがんばってくれているはずなのに、自分の中のがんばりばかりが強調され、ついには「私はこんなにがんばっているのに、あなたは何もしてくれない!」となってしまうのです。これはケンカになりますね。

大事なのは本当に「私ばかりががんばってるのか」、本当に「あなたは何もしてくれない」のかを冷静に見つめなおすことです。自分は後輩の仕事をカバーしたけれど、よく見たら後輩は仕事もまだ覚えきれてない中で必死にがんばっている、手の込んだ料理に彼氏は気づいてくれなくても、いつも残さず食べてくれているし他の部分では自分にちゃんと気を配ってくれている、など気づくことのできる部分はいくらでもあると思います。ただし自分のがんばりに酔っている人間の視野は極端にせまくなっているため、まずはがんばっている自分をいったん「それほどがんばっていない」自分まで下げ、やや低めの状態から相手を見つめなおすことが肝要です。
それでもどうしても相手の努力が一切見つからず、明らかな不公平が生じているときには「よくわかりました」とでも言い捨てて適度に投げ出しましょう。あとは本人か他の誰かがなんとかしてくれるはずです。


そもそも「自分ががんばることで、誰かを良くしてあげる」という発想自体が傲慢であると思います。患者さんにしても最終的に病気を良くするのは患者さん自身の力です。私たちの仕事はその過程が危険な方向に進まないようにするガードレール程度の役割でいいのかもしれません。

「誰もがんばらなくていい治療」。なんとも魅力的なコピーですが、その実現に向けて私はがんばり続けてしまうような気がします。

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