明日も精神科医

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なにも出さない勇気

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初めて病院を訪れる患者さんは、なんらかの問題を抱えています。趣味や娯楽や暇つぶしに来る人は多分おらず、誰もができたら訪れたくなかったという思いを抱えながらやってきてくれているはずです。
そして医者はその問題に対して何らかの解決策を提示できるよう、毎日頭をひねり続けています。


「せっかく来てくれたんだから、なにか持って帰ってもらいたい」
こんな田舎の親戚のような心理が、初診外来ではときどき働きます。

例えばある若い男性が外来を訪れたとしましょう。
「10日ほど前から気分の落ち込みと身体のだるさが続いている。きっかけは仕事で怒られたこと。今はそのことは解決して自分の中で整理もできているんだけど、嫌な気分がずっと続いている。ちょっとはマシにはなっているけど、スッキリと良くならない。遊びに行っても楽しくない。夜は少し寝つきが悪いけど、それなりに眠れてはいるし、朝も起きている。食欲は変わりない。死にたいような気持ちは全然ない。これまで大きな病気はしたことがなく、普段から飲んでいる薬もない。」
身なりは整い、礼儀正しく、若干けだるそうですが、疲れ果てているような印象は受けません。
この人の抱えている問題をどのように考え、どのような方針を立てていけばいいのでしょうか?

落ち込みのきっかけとして仕事でのストレスがあったことから、心因反応の要素は強いと思われます。内因性のうつ病の始まりかもしれませんが、発症期間が短く現時点ではなんとも言えません。時間とともに少しずつ良くなっていることから、もう少し様子を見ることでさらに良くなっていくかもしれません。食事、睡眠は今のところ確保できており、希死年慮も否定していることから、睡眠薬や抗うつ薬、抗不安薬の処方、および入院による治療は必要ないと思われます。
なのでとりあえずは一度帰って静養してもらい、もしどうしても悪くなるようならまた来てくださいねと話すことが妥当な対応かと思われます。


しかし、ここで大事なこととして「わざわざ病院に来てくれたこと」に目を向けなければいけません。普段から健康に暮らしている若者が、大事な仕事を休んでまでわざわざ病院に来てくれた。おそらく本人にとってはかなりの一大事であり、どうにかして助けてもらいたいという強い気持ちを持って訪れたのだと思います。
ここで例の「せっかく来てくれたんだから、なにかしら持って帰ってもらいたい」の気持ちが、顔を出すのです。

患者さん本人が「自分はうつだと思うから抗うつ剤がほしい」と希望するなら抗うつ剤を出すのも一つの手ですし、今後不安が高まったときのお守りがわりにデパス等を持ってもらうのもいいでしょう。寝つきが悪いのなら寝つきを良くするための軽い睡眠薬もいいかもしれません。
こうした形で薬を出すのは、患者さんの満足度を上げる目的であるのと同時に、医者を安心させるためのものでもあります。「自分はとりあえずは治療をしたぞ」と言う実感を得ることができ、「あそこの医者はなにもしれくれなかった」と批判されることを予防することもできるのです。
患者さんは満足し、医者も安心し、病院も儲かるし、製薬会社も儲かる。誰にとってもWin-winの関係というやつです。みんな幸せです。

しかしこの場合、一旦は必要ないと思った"治療"に、別の必要性をくっつけて薬を処方していることも事実です。あらゆる薬には副作用があります。お金もかかります。治療を続けようと思ったら外来受診も続けなければならず、患者さんの時間はさらに費やされます。本来なら自然経過で治ったところを「薬のおかげ」と誤認してしまうことで薬をなかなかやめられないかもしれません。後で振り返ってみて、薬のおかげで良くなったか否かを確認する術はないのです。
この時点で医者も病院も損していませんが、明らかに患者さんは損しています。無駄な治療を続けることで医療費は圧迫され、病院も評判を落としますから、さらに長い目で見るとけっこうみんな損してしまいます。


精神という見えないものを相手にする場合、患者さん同様に治療者も常に不安に晒されています。見立てはあくまで過去と現在の情報から得られるものであり、未来を予測しきれるものではありません。今は大丈夫と思った人が明日自殺してしまうことも十分にありえます。
"精神療法"と銘打って話を聞き、それなりのアドバイスもしたりしますが、一度きりの精神療法に絶大な自信を持つ精神科医はいません。どんなに熱意を込めたとしても3分の1も伝わらず、感情が空回りしてしまうことは誰もが経験しているところです。

そんな中で「せっかくだから」の処方は非常に魅力的に囁きかけてきます。時には功を奏するかもしれない、そう思うとなかなか振り切ることもできません。
それでも不必要な治療は行わない、必要な治療のみを行うことは最低限保つべきポリシーであり、その場しのぎの誘惑に打ち勝つ勇気は常に求められてくるのです。

ある程度人がらが信頼でき、しっかりした説明を受けた後に薬を出してもらえなかったとしたら、その医師はきっと悪い医師ではないでしょう。少なくとも「とりあえず」はしない医師です。仮にその後状態が悪化したとしても、同じ医師に再度相談することをお勧めします。

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