明日も精神科医

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何度でも同じ話をする

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大学の一般教養の頃、倫理学の講義でとにかく"スピリチュアル"と連呼する先生がいました。
たしかWHOの健康の定義に"mental"と"spiritual"の表現が加わってどうのこうのという話だったと思いますが、いつの授業でもとにかくスピリチュアルスピリチュアルスピリチュアルと言い続けていた印象しかなく、半年か一年間の講義の中で他の話をしていた記憶が一切ありません。その結果"スピリチュアル"という単語はいつしか私たちの脳裏に焼きつき、他の授業でスピリチュアルという言葉が聞かれただけでクラス全員が失笑する変な空気になったことを覚えています。
そしていまだにスピリチュアルと聞くと、若干くたびれたスーツ姿の初老の男性のなんとも言えない不思議な笑顔が反射的に目に浮かび、良くも悪くも教育的には成功していたんじゃないかと思っています。


それから10年近くたった現在、私は精神科医として、何度も何度も同じ話を繰り返す日々を送っています。
認知症、精神発達遅滞、統合失調症、躁うつ病、アルコール依存症、薬物依存症、てんかん精神病、脳血管障害など、精神疾患により記憶力や理解力が低下してしまうことは珍しいことではありません。また理解力の低下だけでなく、理屈ではわかっていても悪い習慣を是正できない場合、本当は説得されることに反対なのに拒否の態度がうまくとれずに理解することそのものを拒否している場合、ただ単にこちらの説明がわかりにくい場合など、相手の理解が得られない状況は様々にあります。その都度手を替え品を替え、どう見ても不毛としか思えない会話を繰り広げていきます。
「なんで退院できないんですか!?」→「これまでにお酒や薬に溺れて、ご両親に暴力を振るったりさんざん迷惑をかけてきたでしょう。まずはこれまでの行いを振り返って、それから今後の生活に向けて話し合いながら、準備を整えていきましょう。それから退院しましょう。」→「だからなんで退院できないんですか!?」
といった具合です。

なんとか分かりやすく、なんとか理解を得てもらおうとこちらも必死で話すのですが、それでも全く理解が得られなかったり、その場では理解してもらえても、次の日には全く同じ押し問答を繰り広げることは本当によくあります。そのときの徒労感は相当なもので、正直その人に会うのがイヤになることもあります。
それでも病状がよくなることでスッと疎通がよくなったり、何度も何度も伝えることで相手の心境に変化が出てくることもあります。なので簡単に諦めるわけにもいかないのが辛いところです。いつか分かってもらえると信じて、同じ話を何度もするしかないのです。

医者とはいえ所詮は甘やかされて育った若造の意見です。自分の示す指針が100%正しいとも全く思っていません。それでも年上の人、地獄のような人生を送ってきた人に、説教めいた話をしなければならないことも日常的にあります。そんな相手のこれからの人生を変えていくような話をするわけですから、手を抜いて務まるようなものではないと思っています。
日々考え続けなければならない課題であり、聞いてもらえる話、理解してもらえる話をすることは、きっと永遠のテーマです。

スピリチュアルの教授のように、ある言葉でふと私のことを思い出してしまうような存在になれたらなとは思います。語尾にでもなにかつけてみようかしら。

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