明日も精神科医

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根性論

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「それで良くなってくれれば、私の仕事もずいぶん楽なんですけどね…」

昨日の診療中に、つい口をついて出てしまった言葉です。
うつ病の患者さんの家族とお話をしていたときに、「結局は気持ちの問題でしょう?本人が気合い入れてくれたらすぐに退院できるんじゃないですか?」と言われ、なんとなくガックリした私は、こう返してしまいました。

確かに気合が入れば良くなるのかもしれません。けれどその気合いを入れることができないことが問題なのです。
うつ病は脳の伝達系の障害による疾患とされています。いわば気合いを作り出す機関そのものの問題です。がんばればいいことは分かっているけれど、がんばることができない。さらに周囲に「がんばれがんばれ」と言われることで重圧がかかり、いっそう患者さんはがんばれないことに苦痛を感じていきます。
車に例えるとエンジンそのものに不調をきたしている状態であり、そこにいくらガソリンを満タンにし、走れ走れとふかし続けても、エンジンそのものにさらにダメージが蓄積してしまうことと同じです。

まずは不調をきたしている原因を丁寧に調べ、そこで適切な治療を行うことが重要になってきます。そのための心理療法であり薬物治療であると、私は考えています。


しかしここで難しいのは、一方で本当に気合いを入れた方がいい患者さんもいることです。
患者さんの中には、好きなことや楽しいことはできるけど、自分の嫌なことになると気分が落ち込んでできない人、やる気はあるけど行動に移す勇気がない人、心理的に親離れできていない人など、いわゆる慢性的な抑うつとは様相が異なっている人が多くいます。人格的な未熟さや社会性の低さなどが指摘されていますが、現実として本人が辛いということに変わりはなく、医療としては真摯に取り組むべき問題です。
この場合、脳の機能としては問題がない(または一般的なうつ病とは違う障害が起きている)ため、抗うつ薬は効きにくく、治療にも時間がかかる傾向があります。

前述のうつ病とは違い、根本的な甘えが原因としてあるのであれば、愛護的に接し過ぎるのはかえって逆効果であり、"病気である自分"はさらに甘えを助長し、そこに逃げ込んでしまう可能性があります。「頑張れ負けるな立ち上がれ」とガンダムのような励ましも、時には必要となってくるのです。


このいわゆる一般的なうつ病と、うつ病ではない抑うつ状態。治療法や周囲の対応の仕方も異なってくるため、区別することは重要なのですが、実際に区別することは非常に難しいのが現状です。
たとえば明らかに足が骨折してブラブラになっている人に「痛いのがまんすれば走れるでしょ?」とは絶対に言いませんが、落ち込んでいる人の脳の中で実際になにが起こっているかを見ることはできず、外見だけで脳の異常かどうかを判断することはまず不可能です。
脳画像等の研究も日々進んでいますが、実臨床で明確に鑑別を可能にする装置はいまだ実用化されていません。
話を詳しく聞き、じっくりと時間をかけて丁寧に鑑別を行っていくことが、現時点では最も堅実な方法となっています。


「元気ですか?元気があればなんでもできる」とはよく言ったもので、元気がなければなにもできません。そして元気がない人が元気になる方法は、案外と一筋縄ではいかないものです。ビンタ一発で元気になれればみんな幸せなのですが、そうもいかないところで私たちの仕事は成り立っています。

努力と根性は昔から日本人の大好きな言葉であり、その信念のもとに多くの不可能を可能にしてきたことは事実です。しかしそれが美化されすぎるあまり、努力も根性も持てない人間が裏側でたくさん潰れてきたこともまた事実でしょう。
患者さんの中には気合いが必要な人もいれば、安らぎが必要な人もいます。目の前の人が元気になるためにはどちらが足りなくて、どのような接し方をするべきなのか。人により状況により、鬼にも仏にもならなければなりません。慌ただしい仕事です。

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