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Posted by kobayashi_kei on

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逃げる

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逃げることは、命を守る行為です。災害や戦争、暴力といった立ち向かいきれない危険な状況にさらされた時、非常手段として人間は逃げるという選択を取ります。

そして逃げることができるのは、身体だけではありません。人の心もまた、現実のもたらす負荷に耐えきれなくなったとき、逃げ出す道を選択することがあります。辛い記憶や感情を他の記憶ごと突然切り離してしまうことを"解離性健忘"と言い、いわゆる記憶喪失に近い状態です。人格そのものを切り離し別人格を出現させることもあり、これは"解離性同一性障害"(多重人格)と呼ばれる状態です。

さらに、心だけでなく身体ごと現実から逃げだし、突然放浪の旅に出てしまうことを"解離性遁走"と呼びます。
旅の途中本人はいたって普通にふるまっているにも関わらず、旅の最中の記憶がほとんど欠落していることが、病的な遁走の特徴です。逆に記憶が残っていて、反省や振り返りができていれば、病的なものとはみなされません。
仕事に行くことが嫌過ぎて、通勤の電車に乗って知らない街まで旅立ってしまいたいと思うことは多くの人にあると思います。それを実行させないでいる理性のブレーキを自ら取り外してしまった状態。遁走はそういうものではないかと私は考えています。

日常生活から逃げ出すということは、必然的に"逃げた人"と"逃げられた人"を作り出します。多大なストレスに耐えられなくなって逃げ出さざるを得なくなった苦しみと同時に、わけもわからず突然取り残されてしまった人間もまた、その先において相当な苦しみを抱えることとなります。

「アンダーカレント」は、そんな取り残された側の人間の話です。
舞台は下町の銭湯。一人の女性を主人公に、2ヶ月前に失踪した夫と、夫と入れ替わりで求人派遣されてきた若い男を絡めて、物語は展開していきます。他のマンガとは一線を画す、繊細で精緻なプロットとシネマティックな演出が見事な作品です。

主人公の女性は、逃げた夫について知ろうとします。探偵を雇い、ゆかりの場所に向かい、ひたすらに情報を集めます。しかし調べるほどに今まで知らなかった夫の実情が浮き彫りになり、夫という人間がわからなくなっていきます。一番近くにいたはずなのになにもわかっていなかったという現実。人をわかるという行為そのものがわからなくなり、何もかもが不透明となり、諦めきることもできず、希望を持ち続けることもできない状況にゆっくりと陥ってしまいます。
話が進むに従って、主人公の目がここまで死んでいくマンガを私は他に知りません。


辛いことは誰にでもあり、なにかに逃げだしたくなることも誰にでもあります。死にたくなることもきっとあります。しかし、人間が社会的な動物である以上、誰かが逃げ出すことでほぼ必ず取り残される人間が出てきます。もともとの関わりが強ければ強いほど、取り残された人間のダメージは大きく、納得もいかず、逃げられたことの責任を感じ、周囲からも揶揄されながら生きることになります。

逃げることは命を守る行為です。しかしそれは周囲に多大な迷惑をかけ、多くのものを失う危険性を持った行為でもあります。
そんなリスクを背負うくらいなら、助けを求めてください。あなたにとって大事な人であるほど、助けを求めにくいかもしれません。プライドが邪魔をしたり、相手に迷惑をかけることを申し訳ないと思うかもしれません。
しかしどう考えても突然逃げられたり死なれたりするほうが、もっと迷惑です。


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