明日も精神科医

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自己の境界

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「自分は自分であり、自分は他人ではない」

言われなくても当然のことであり、ふだんの生活でほとんど疑問に思うことのない命題です。
では「どこからどこまでが自分で、どこから自分ではなくなるか?」と聞かれるとどうでしょう。たいていの場合「自分の身体の連続している部分までが自分で、その一番外側を境に自分以外となる」といった答えが返ってくると思います。
しかしさらに細かく聞いていくとどうなるか。例えば、切られた爪や髪の毛は自分か?涙や血液、胃液はどうか?妊娠した際の胎児はどうか?ミトコンドリアはどうか?入れ墨はどうか?口から出た言葉はどこから自分でなくなるのか?と聞かれると、意外と難しい問題であることがわかります。おそらくこれらの質問に統一した解答は得られないでしょう。

さらにもっと追及して「あなたの精神はどこからどこまでがあなたであるか?」といった問いになると、いよいよ口で説明するのは難しくなります。哲学者の追い求める領域であり「人間とは何か」といった根源的な問題にまで発展しかねない、危険で魅力的な質問です。
そんな現実であるにもかかわらず、私たちは自分の精神は自分のものであると確信し、なにげない日常を暮らしています。これは考えてみると不思議な感じがします。

精神医学の世界では「自分を意識する自分」、つまり主観的な自分のことを"自我(I)"と呼び、「自分として意識される自分」、つまり客観的な自分のことを"自己(me,self)"と区別します。この両者を確固たるものとして意識できることではじめて、他人とは異なった"自分自身"を確立することができると考えられます。


「寄生獣」という作品は、この境界をムチャクチャに破壊する物語です。
ある日出現した新種の生物により脳を乗っ取られ、人喰いの怪物に変身してしまった人間と、右手のみを支配され寄生生物と共に生きることとなった主人公、そして寄生されていない普通の人間達、それぞれの間での戦いや交流を通じ、壮絶なドラマを展開していきます。

この作品において、侵入してくる他者の存在は自己と他者の境界を曖昧にすると同時に、自己の境界について強烈に意識させてくれます。また人間に寄生し人間を破壊して生きなければいけない寄生生物の葛藤を、地球環境を破壊しながら生きる人間の葛藤に重ね、人間の存在意義そのものを問い直す展開も当時とても印象的でした。

冒頭でも書いたように「自分が自分であること」に対して私たちは普段特に考えることなく生活しています。
しかしこの奇妙な物語は「自分が自分でなくなること」の恐怖や新しい成長の可能性を描いており、「自分はなぜ自分であるのか」といったことについて改めて考えさせてくれます。
SFであるからこそできた表現であり、当然のように生きている日常に新しい価値観を与えることのできる貴重な作品であると私は考えています。


しかしこうした自己の境界が侵されてしまうことは、SFの世界だけではありません。しばしば現実においても自己の境界が破壊され、精神の障害として認められることがあります。

例えば統合失調症などにおいて「自分の行動が何者かの命令で操られている」「他人の考えが自分の頭の中に入ってくる」「自分のなにもかもが周囲の人に伝わっている気がする」といった訴えを聞くことがあります。これは自己の境界が病的に拡張したことにより、自身の意識と他者の意識が混同され、思考や行動の自己規定ができなくなった状態と考えられます。
また離人症と呼ばれる状態では、自我と自己、自己と現実が切り離された状態になり、自分の行為や感覚、感情が全く現実感を伴わないものとなってしまいます。これも統合失調症やうつ病、不安神経症などで見られると言われています。
自分が二人いるという二重身(ダブル、ドッペルゲンガー)や二重人格なども、こうした範疇に含まれる病態とされています。


当然「寄生獣」ほどドラスティックではないですが、自我意識というのは案外と障害されやすいものであることを臨床現場からは感じます。「自分が自分であること」は否定のしようがないですが、自己の境界は脆く曖昧なものであり、その均衡が破れたときには様々な形での取り繕いが見られます。「自分であるけれど自分でない」「自分とは違うはずの他人が自分と連続したものになってしまう」という矛盾はとても奇妙で受け入れ難く、社会生活においても大きな問題となります。
精神医学が尽力しなければいけない課題であり、非常に精神医学らしいテーマの一つです。


ミギ―は魅力的ですが、できれば自分は自分であってほしいと願います。


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