明日も精神科医

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Posted by kobayashi_kei on

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ややこしい話

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医者は毎日患者さんを治療します。たいていの患者さんは「医者が言っているのだから」と治療を受け入れてくれます。その信頼で医療はなりたっています。しかし「先生のその治療方針の何%が医学的根拠に基づいているんですか?」と尋ねられたら「100%だ」と答えられる医者はおそらくほとんどいません。なので、尋ねないでください。

医学や科学研究に基づいた根拠のことを“エビデンス”と言います。現代の医学ではこのエビデンスが非常に重要視されています。最も有力なエビデンスに則った治療が最も正しい治療であり、そこから外れた治療は“エビデンス的に”誤った治療と言われます。
そして広大な医学的知識の中で治療、診断、副作用、予後、検査の信頼性などあらゆる角度からのエビデンスがあり、しかもそれらは世界中で毎日更新されています。当然その量は膨大な数になり、特定の専門分野に絞ったとしても、情報のすべてを一人の医師が把握することはまず不可能です。有用と思える知識だけを拾い集め、日々の診療に役立てているのが現状です。


例えば治療のためにある薬を処方するとします。「Aという薬よりBという薬の方が治療効果がある」、「BよりCの方が効果がある」、「CよりDの方が効果がある」というエビデンスが得られたら、迷う必要はありません。Dの薬を患者さんにお渡しすることが最も有効な治療法です。
しかし物事はそんなに単純ではありません。他の文献を調べると「別の研究ではBの方がDより効果があった」「Aは確かにDより効かないが、副作用が少なく治療後の継続率が高い」「実はA~Dの薬の治療効果に大差はなく、それ以前に発売されたZという薬もほぼ同等の効果を示す」といった情報が続々と得られます。こうなるともうなにがなんだかわからなくなり、適切な治療とはどういったものかすらわからなくなります。
ちなみに現実はもっと多角的で煩雑です。


論文や教科書に嘘が書いてあることはまずありません。誰もが科学的根拠に基づいた研究を行い、「自分の言っていることが一番正しい」と主張しています。作られた論文はさらに厳正な審査機関でチェックされ、始めて雑誌や本などのメディアで公表されます。そう考えると、世に出回っているすべての文献は信頼に足り得るはずです。

しかしその情報が「どれだけ信頼できるか」に関しては大きなばらつきがあります。研究のデザイン、研究対象、サンプル集団の選択、研究期間、統計方法、様々な要因による情報の偏り(バイアス)等を考慮することにより、その研究の信頼性が判断できます。結論のみをかき集めても正解は見えてきませんが、批判的な考察を読み手がすることにより、最も妥当な結論へとアプローチすることはできます。

膨大な量の情報がインターネットで簡単に手に入るようになった現在、自分の読むべき情報を的確に選択する能力が求められています。有用で信頼性の高い情報を選び抜き、それを目の前の患者さんに適用することで初めて、“エビデンス的に正しい治療”が可能となるのです。
しかし多忙な臨床現場の中で活字を読むことに割ける時間は少なく、体力や集中力も無限ではありません。読まなければ調べなければと思いつつ、検索すらできていないのが私の現状です。もっと知識に貪欲でなければと常に思います。

必要な知識は常にアップデートされなければなりませんが、知識は常に私たちを翻弄します。
「真実はいつもひとつ!!」と大声で主張している人がいますが、あれは大きな誤りです。誰もがそれぞれの真実を主張し、一つ一つの真実すら時間軸の中で流動し、変化していきます。たった一つの真実に固執することは、いつか大きな過ちの火種になることでしょう。

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まとめtyaiました【ややこしい話】
医者は毎日患者さんを治療します。たいていの患者さんは「医者が言っているのだから」と治療を受け入れてくれます。その信頼で医療はなりたっています。しかし「先生のその治療方針...
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