明日も精神科医

スポンサーサイト

Posted by kobayashi_kei on

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

病気か、正常か。

Posted by kobayashi_kei on   0 trackback

「先生、私は病気なんですか?私の頭はおかしくなったんですか?」

問診の最中、不安げな表情で訴える患者さん。精神科において珍しくない光景であり、軽い緊張の走る瞬間です。

ここで私が「はい。あなたは精神の病気です」と言った途端、目の前にいる人は"精神病患者"となります。自他共に認められることにより治療がうまく開始されるかもしれませんが、ショックを受けて病状がさらに悪化するかもしれません。
逆に「いいえ、あなたは病気じゃありません。心配いりませんよ」と言うと、本人には安心してもらえるかもしれませんが、治療はそこで終了します。また人によっては「こんなに苦しいのに病気じゃないはずがない!」と信頼関係がいきなり損なわれるかもしれません。
病状、診察室の空気、現時点で分かっているその人のパーソナリティを最大限に考慮しつつ、細心の注意を払いながら回答をすることが求められます。その後の診療がスムーズに進むか、思いきり停滞するかを決定する大きな分岐点なのです。


初めて病院を受診する人にとって、「自分が病気かそうでないか」は最大の関心ごとであり、ほとんどの人がそれを知るために来院しているはずです。そこから診断がつけられ、治療が開始されます。
しかし、精神科においては"病気"と"正常"の境界はかなり曖昧です。身体の病気のように検査でバチッと診断が決まるわけではなく、自分が病気だと思って受診していない人も非常に多いです。今日の症状が明日になったらガラリと変わることもよくあります。
文字通り"掴みどころのない"臓器(?)であり、そこに病名をつけること自体不可能な気もしてきます。

そもそも"正常な精神"とは一体なんなのでしょう。"正常ではない=病気"なのでしょうか。

誰しも悩むこともあれば落ち込むこともあります。死にたいと思うこともあるかもしれません。いつも笑顔でおだやかな人が、本心では強い憎しみを抱いていることも珍しいことではありません。歪んだ嗜好を持つ人もいくらでもいます。
ほぼ全ての人がなんらかの精神的な悩みや問題を抱えながら、なんとか自分の属する社会のルールに自分をあてはめ、"正常"として生活しているのです。そして"異常"でも治療の必要がない人もいれば、"ほぼ正常"であった精神が過剰に傾くことによって"病気"とみなされることもある、実に曖昧で厄介な世界です。


つまるところ精神科を受診する理由として、自分や周りの人が「困っているかどうか」が一番の問題となります。精神的ななんらかの要因が過剰、過小、または質的に異常な状態となり、これまで適合できていた社会に適合しきれなくなれば、それは十分に受診していただく理由となります。

「病気であるか」そして「何の病気であるか」はとても重要です。それは治療方針を決定し、適切な精神療法、薬物療法を行うために不可欠な基盤となります。
しかしそれはあくまで医者側の理屈であり、患者さんにとっては「困っている」状態を解決したいことが最も大きな目的です。いかに最新のエビデンスにのっとり、医者の信じる最高の治療ができたとしても、患者さんの抱える問題が解決できなければ何の意味もない。

そこを忘れると、医師と患者を繋ぐ心が失われてしまいます。

スポンサーサイト

Trackback

trackbackURL:http://ashitamoseishinkai.blog.fc2.com/tb.php/1-03fb307f
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。